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以心伝心心~あまがさき哲学カフェ~

哲学カフェに行ってみませんか。 お茶を飲みながら他の人の話を聞いてみる。結論は求めません。カフェで賑やかに話せればいいですね。

0200105【1dayソクラティックダイアログ】開催報告

【1dayソクラティックダイアログ】

日時:2019年12月29日(日)9時-20時
会場:ぐれいぷハウス
主催:あまがさき哲学カフェ
進行:赤井郁夫
参加者:9名

テーマ「殺すとはどういうことか。なぜ、人は殺すか」

◆ソクラティックダイアログ(以下SDと言う)とは、遡及的抽象と言われる方法を使って対話によりテーマに関する参加者の共通の理解、答えを導く哲学的対話です。

◆1daySDとは一般にSDが3日から1週間をかけて行われるのに対し、一日で完了できるように工夫されたSDです。

◆あまがさき哲学カフェの行う1daySDには二種類あります。ひとつは一回で完結するものです(初めてSDを経験される方のためにも使います)。もうひとつは複数回のSDを組み合わせたものです。大きなテーマの下にサブテーマを複数設け、そのサブテーマごとにSDを行います(SDグループと呼んでいます)。
今回はメインテーマを「戦争を放棄するとはどういうことか」とするSDグループの第1回、サブテーマ「殺すとはどういうことか。なぜ、人は殺すか」に取り組みました。

◆SDでは事例提供者から詳細の情報を得ることが重要です。初めに複数の「事例の概要」から面白そうなものを事例提供者が提供する情報をもとに参加者が選んでいきます。今回選ばれたのは

昔、幼かったころカマキリにバッタを食べさせ、それを見て遊んだ。アリの巣に水を流し込んでおぼれさせて遊んだ。蝉を大量にとってきて満足し、親に逃がしてやりと促されるまで閉じ込めた。昆虫を捕まえておもちゃにして遊び時には殺すこともあった。

と言うものでした。この詳細は模造紙3枚分に書き込まれました。そこから「中核的判断」と思われる個所を抜き出します。それは

「小学校低学年のころ蝉の脱皮を見て美しいと思った。カマキリがバッタを食べる様子が面白かった。」

というものでした。ここからから、7つの切り口を得ました。この7つの切り口から考えを進めることで「殺すとはどういうことか。なぜ、人は殺すか」に迫っていこうとしました。
7つの切り口とは、

人間がライオンと戦うのは楽しいか?
子どもにとって殺すことと大人にとって殺すこととはどう違うのか?
食べることは殺すことか?
簡単に殺すことができたら殺すのか?
支配する最終目的は殺人か?
美は殺しを生むのか?
なぜ、蝉の脱皮は美しいのか?

それぞれの切り口についてテーマに関連する、参加者全員が同意する答えを探します。

・殺す側に正当性があれば殺すこともある。
・(子どもも大人も)殺すことの納得させる正当性を付けることがある。また、子どもは対象によって殺す意識がないことがある。
・生きることは食べることで殺すこともある。
・完璧に、簡単に外的要因が整い、内的要因も整えば人は殺す。
・支配とは殺人が手段として使われることもある。

9名の参加者は、休憩中も話し合いを続け、ときどき「もう時間がない」などと言いながらも丁寧に、小さな引っ掛かりにも向き合って活発な話し合いが続きました。

今回はこれらの7つの切り口について5つまで参加者が合意することができました。時間があれば、7つの合意からひとつに答えをまとめ上げ、さらに、その答えが他の事例にも結論が妥当するかどうか検証したいところでした。
SDでは結論が出ないことはよくあることです。SDグループではサブテーマなので結論が出なくてもメインテーマを検討する際に反映されることがあるため、結論が出ないことに対してあまり惜しかったとは感じません。

◆遡及的抽象
一体、遡及的抽象とはどういうものなのでしょう。今回のSDではそれはどのように働いていたのでしょうか。

まず、事例の詳細を提供者が話している時、しばしば、「あっ、今思い出しましたが・・・」とか「そうや、思い出した、えっとねぇ」などと忘れていた事を他の参加者の質問に答えようとすることでどんどん思い出していきます。さらに「今思えば・・・」と言いながら以前のことを俯瞰するかのように振り返ります。「えっと待ってよ・・・」と言うものよくあります。それに続くのは「それはねぇ・・・」と自分の身に起こったことを当時とは違う視線で観察し始めます。なぜ、そのようなことが起こるのでしょうか。

初め参加者はごく単純に事例の提供者に聞きたいことを尋ねていきます。徐々に提供者が考え込んだり、首をひねったりしている態度を見ているうち、提供者の態度に同調していきます。「あー、そんなことがあってんな。うんうん、あるある。」「それはありましたわ。あった、あった。」と自分自身の中に共感できる体験などを探し出していきます。すると、「それはこういうことかな」「それやったら、こうなってたんちがうの?」と言う聞き方が出てきます。これらは自分の体験と提供者の体験の突合せをしているのでしょう。
さらに、参加者からの質問には今日のテーマにまつわる質問が多数含まれていきます。それは自分の記憶を引き出そうとしている事例提供者とは違う態度です。事例の提供者にとっては参加者の質問に答えるために、自分の体験を「見直すこと」を迫るものです。
提供者は事例そのものを経験していたころには全く考えもしなかった「質問」をされ、「うーん、どうやったかな」と考え込むことになります。

やがて模造紙3枚に書き込んだ事例の詳細は、提供者にとっては自分の体験をテーマと言う高みから俯瞰したものとして、参加者には自分の体験との突合せを済ませ、かつテーマに関連した事例として現れます。このように個人的な事例の詳細だったはずですが、参加者全員にとってのテーマに関する事例の詳細となります。

遡及的抽象ではこのように個人的な体験を他の参加者からの視線が一人で体験した出来事ではなく、膨らみを持ったより一般的な出来事として描いて行きます。

・・・遡及的抽象はまだまだ続きます。


次回は2020年3月29日(日)に行います。サブテーマは「Win-Winの関係は成立するか」です。
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  1. 2020/01/05(日) 11:14:30|
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