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以心伝心心~あまがさき哲学カフェ~

哲学カフェに行ってみませんか。 お茶を飲みながら他の人の話を聞いてみる。結論は求めません。カフェで賑やかに話せればいいですね。

0191206園田哲学バー開催報告

2019/12/6 園田哲学バー「愛とはなにか」参加11名
 進行 岡本秀夫

愛と言う字は、心を受けると書きます。
今回の哲学バーではこの字解きのような話の展開があって、私にとっては非常に興味深いものとなりました。

愛する、愛される、と言う時大人の目線は「愛する」側に傾いているようです。愛されたはずの子どもの時のことは遠いかなただからでしょうか。

小学校4年生の時だったと思います。母と買い物に出て店の外で母が出てくるのを待っていると、真っ赤な夕日がゆっくりと西の稜線に沈んでいく光景に出会いました。
私はあまりの美しさにじっと立ち尽くして夕日の姿をしっかり見ようとゆらゆらゆれる太陽の縁や雲がまとわりつく様子を見ていました。母に「すごくきれいだった」と言ったことも覚えています。

ある方のご発言が、この光景を思い出させました。時々思い出すことはあったのですが久しぶりに思い出しました。その方は「すっかりくたびれつくした時、偶然、大自然を前にして突然、私はこの自然に受け入れてもらっていると言う感覚が沸き上がってきた。そして私は救われた。」と話されました。

何の前触れもなくこの世に産み落とされた私は「この世」に受け入れてもらわなければ存在できません。「この世」とは赤子の自分の世話をしてくれる人であり、私の周りの大人たちです。彼らはこの世を代表して私を受け入れてくれました。

愛とは、感情でしょうか、機能なのでしょうか、行為なのでしょうかと問いかけた方がいらっしゃいました。

私には愛とはこの世の原理なのだと思えました。あるいはこの世の成り立ち方です。すべてのものが「この世」に送り込まれ、私たちはこの世を代表して送り込まれたものを受け入れる。そのこと自体を愛と言うのではないでしょうか。

「この世」に生まれ出たものはすべてその生まれ出たところにいた人たちが「この世」を代表して受け入れています。この世に生まれたものは等しくこの世の代表たちによって受け入れらます。どうやって受け入れるのか、それは「この世」が決めることです。


愛している、と言う表現はおそらく私たちのあり方のアナロジーなのでしょう。愛してほしい、愛されている、と言う言い方も「受け入れる」ということにかかわっています。

私が今「この世」の代表者として受け入れているものがあるとするならば、それを支配するのではなくやがて今度は「この世」を代表して何者かを受け入れることができるようにすることのように思います。


愛と言う言葉が苦手だった私に一筋啓かれていく思いがしました。

************

次回の園田哲学バーは1月10日(金)19時-21時です。(1月は第2金曜日に行います)
テーマは「どうせ自分なんて」です。
会場は尼崎市立 園田東生涯学習センターです。

園田哲学バーはどなたでもご参加いただけます。予約不要、途中参加退場自由、参加費500円です。持ち込バーなのでお好きな飲み物をお持ちください。(アルコール可)


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  1. 2019/12/07(土) 13:33:34|
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