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以心伝心心~あまがさき哲学カフェ~

哲学カフェに行ってみませんか。 お茶を飲みながら他の人の話を聞いてみる。結論は求めません。カフェで賑やかに話せればいいですね。

0190716第一回【ぐれいぷハウスp4c】 開催報告

第一回ぐれいぷハウスp4c 開催報告

日時 2019年7月15日(月)17-45-18:30
場所 ぐれいぷハウス ダイニングルーム
進行 赤井郁夫
参加者 三名(中学3年生二人、中学二年生一人)
テーマ 「母親とは何か?」


1) 今回は初回なのであらかじめいくつかテーマを用意し参加者に選んでもらいました。簡単なルールの説明の後、選ばれたテーマは「母親とは何か?」でした。

2) 「あなたにとって母親とはなにですか?」と問いかけると

・家の中で代表的な権力のある女性で子育ての役割を担う、という感じです。
・時々うざい(鬱陶しい)と思います。それと一番ケンカが多いです。
・自分を産んでくれた人です。
・殺すべき存在です。血のつながりや遺伝子を継いでいることを後悔するほどきらい。

などの意見が出てきました。最後の意見に関して他の子も含めて、

・自分を産んでくれたが母親とは思っていません。
・戸籍上つながっていなくても母親と思える人が母親だと思います。

などの意見が続きました。ここで「きらいには理由があるのでは?」と問いかけると

・過去に暴力を振るわれ「もうしない」と言われたけれど本当かどうかいつまで経っても不安で、だから嫌いです。
・母は日本語が話せないので伝わらないことが多くてイライラします。母親の性格もあるでしょうが、それで嫌いです。
・子どもの意見を否定してきたり、嚇してきたりするので嫌いです。
・都合のいいときだけ変にやさしく、自分の都合で突然怒り出すので嫌いです。
・根本的に嫌いです。

では、「好きだと思うこともあるならば、その理由はどんなもの?」と問いかけると
・育ててくれた。
・産むという意味では感謝する。
・家事をしてくれて好きなものを買ってくれる。

このような意見が出ていると、

・そもそも「母親」という言い方が偉そうなんだよなあ。

という意見がでました。「どういうことですか?」と詳しく話してもらうと、他の人からも母親をどう呼ぶか、意見が続きます。

・外で呼ぶときは「ママ」と言います。あたり障りがなくて他の人に聞かれても変に思われないからです。
・「おかあさん」と言うときは喧嘩するときで、一応相手を敬って言う呼び方です。
・自分が母親に切れているときは「母親」と呼びます。
・二人だけの時は名前を呼びます。自分としては名前を呼んでいるときが一番しっくり来ています。
・呼び方を変えると母に嫌がられます。いつもママと言っているところ「おかあさん」と言ったら嫌がられました。


3)ここまでで30分が経過しました。改めて「母親とは何か?」と問いかけると

・母親とは育ててくれる人
・世間的な母親としての役割を担ってくれる人
・無償の愛を注いでくれる人
・色々なことを教えてくれる人
・自分のことをよくわかってくれる人
・お金をくれる人

という意見が続きました。「これらで母親とは何かがちゃんと語られていますか?」と問いかけると、

・(首を振りながら)なんか違う。
・何て言うのか、残酷さ、非情さ、厳しさみたいなものもあると思う。
・自分が嫌われても叱ってくれるのが母親ではないかな。
・子どものことを考えて怒ってくれるところもいると思う。
・でも怒るのはやりすぎると虐待になるよね。

などと厳しさも母親のうちにはあると考えられるようです。そこで「怒りすぎの境目は何だろう?」と問いかけました。

・怒りすぎかどうかの境目は手を出すか出さないかだと思う。
・手を出すと言う見た目でわかることよりも、子どもの存在を否定しているかいないかと言うことだと思う。
・怒りすぎると、洗脳になると思う。

4)40分が経過しました。子どもの存在をどう受け止めているのか、それを基準に母親と言うものの存在を認めているようです。最後に「母親とは何か?一言でいうとどうなりますか?」と問いかけました。

・母親とは、母の役割と子どもの存在を分かっていてちゃんとしている人、戸籍上、産んだら母になると思っています。
・母親とは、悪い面もあるけど、自分を必死に育てようとしてくれている人
・母親とは、2次元(漫画、アニメ)の世界にしかいない人


所感

「母親とは何か?」という問いは彼らには大きな問題でした。考え込んで言葉を探している様子は真剣です。決してスムーズに言葉が紡がれていたのではありません。

「うーん、子どものぉ そんざい?… 存在を否定している? かどうか、やと思う」

首をかるく傾げ、少しうつむき加減に前を見ながら戸惑うようにこのような言葉が子どもから出てくる。
彼らの置かれている現状をよく示していると感じます。同時に子どもの持つ洞察力と、そこから先の見通しをつけようとしている彼らの意思を感じます。

2007年、日本で初めて貧困の世代間連鎖が実証され(2007a 道中)、以降この世代間連鎖を断ち切る様々な施策が行われてきました。ぐれいぷハウスでの私たちの取り組みは、そこに哲学的対話を加えようとするものです。貧困とともにあるものは様々だと思いますが、親子関係のあり方もその一つのように思います。

以上
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  1. 2019/07/16(火) 16:34:04|
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