以心伝心心~あまがさき哲学カフェ~

哲学カフェに行ってみませんか。 お茶を飲みながら他の人の話を聞いてみる。結論は求めません。カフェで賑やかに話せればいいですね。

130328第4回武庫之荘哲学カフェのお知らせ

第4回武庫之荘哲学カフェを4月27日(土)に行います

第4回目の武庫之荘哲学カフェは土曜日です!場所は、「カフェ・トレピエ」です。
お間違いのないように、ご参加をお待ちしています。
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  1. 2013/03/28(木) 23:01:10|
  2. 2013
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130320第3回武庫之荘哲学カフェの報告

武庫之荘哲学カフェ第三回目の報告

武庫之荘哲学カフェ第三回目は平成25年3月17日(日)の良く晴れた暖かな午後、10名の方にお集まりいただきました。 場所は西富松会館集会場でした。

参加者:10名(男6名、女4名)
年 代:40代:3、50代:2、60代:4、70代:1
哲学カフェ初参加者:4名
テーマ:「贈る言葉」

今回のテーマは「贈る言葉」。「贈る」と「言葉」、いづれも深い意味を持っています。活発な発言をいただきました。例によってメモを判読していくと、進行中は夢中で相変わらず見えていなかったこと…参加者の皆さんによる吟味の過程…が、見えてきました。

以下、その時の様子をご報告いたします。

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まず、先輩が後輩にアドバイスをすること、それが「言葉を贈る」ことではないかという具体例についての発言から始まりました。アドバイスとは上から目線ではあるが、物を贈るのは下から上へ何かのお返しやお礼として贈るのではないか、と「物」と「言葉」を贈ることの違いについての意見がでました。

贈る「言葉」について次のようなものを含み、意見がありました。
 ・「アドバイス」には従わなくてはならないというプレッシャーがある。
 ・長い年月がたってからやっとその「言葉」の意味に気が付くことがある。
 ・意識して贈ろうとしたのではないが、相手にとってはとても印象に残っている「言葉」がある。
 ・物ではない言葉をモノのように扱うことではないか。それによって相手の印象に残りやすく、その効果を狙っている
  のではないか。

また、言葉の贈り物に対してはお返しをしなくてもよいなどの意見が出ました。
一方、贈る「物」については、
 ・物をもらって気に入らなければ処分することもできる。物を贈る方が楽。
 ・物は下から上へ贈る場合が多い。
 ・物は贈られたらお返しをしなくてはならない。
などの意見が出ました。

言葉を「贈る」という行為は物と違って「受け取ってもらえるか」「届くのか」という疑問がでました。相手に聞いてほしいと望むことは「贈る」以外の状況でもあり得ます。受け止めてもらえなかった時のさみしさ、むなしさは日常のコミュニケーションでもあります。

贈られた言葉にお返しは必要ないというが、贈られた言葉に「ちゃんと向き合う」「受け止める」ことがお返しではないか、と言う意見が出ました。

言葉を贈るという行為が成立するのは相手の状況によるのではないか、という意見は、見えないものを贈ることはいつ、どのように成立するのかと言う投げかけでもありました。

贈るという字は貝編に増えると書くので何か「得」なことでなくてはならないが、言葉は場合によって相手を傷つけることもあり、贈ることは難しいことでもあることをうかがわせました。

相手との人間関係が影響しているだろうと言う意見や、一旦贈った言葉には「賞味期限」があって相手との関係が変われば贈った言葉の重さも変わってくるという意見がありました。

そこから、人間は変化するものであり、成長したり経験を経てその言葉の意味が理解できるようになることがある。すると贈った言葉がその時には理解されなくても、ある瞬間に受け取られ「贈られる」事が成立することがあるのではないか。朝青龍がファンに「頑張ってね」と声をかけられ腹を立てたというエピソードも語られながら、「受け止めること」についての発言が続きました。

言葉を贈るとは「想い」を贈ることであり、祝福し幸せを祈ることであると言う意見が出ました。

そして長い時間経ってから理解できることもあることや、単に言いたいから言うという発言者のエゴは「贈る」こととどう関係するのか、これらのことが普段のコミュニケーションやメッセージとの違いは何かを明確にしようとする発言に触発されながら、言葉を贈る相手がいることのありがたさや、相手を理解するために信頼関係を築く努力が必要であることの意見が出ました。

そのうえで言葉を贈ると主体的に決め、自覚的であったら気持ちを伝えようと、贈ろうとした時点で贈る行為は成立しているという意見がでました。


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はじめのうちは贈る対象としての「言葉と物」から考えられていたものが、やがて「言葉を贈るという行為はいつの時点で成立するのか」と言う点に意見が集まってきました。参加された方々が単に意見を述べるのではなく、ご自分の意見への反響を受け止めながら、贈り手と贈られる側双方を吟味し、「言葉と言う見えないものが贈られる瞬間」に迫った…というのは大げさでしょうか。

贈る側が、相手の状況も含んで相手を想う「祈り」のような想いを込めていることが「言葉を贈る」ことであり、メッセージを含むコミュニケーションとの違いではないか。このような意図をもって贈ろうとしたその瞬間に言葉は贈られたと言えるのではないか。「贈る言葉」とはこのような言葉に集約されるように思われました。

皆さんは言葉を贈ったことがありますか。贈られた方が幸せになること間違いのない贈り物だと思います。


次回は、平成25年4月27日(土)14:30-16:30、カフェ・トレピエにて行います。テーマは「あなたは だれ?」です。


ではまた。
  1. 2013/03/20(水) 18:54:43|
  2. 2013
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130317第3回武庫之荘哲学カフェ終了しました

本日、第3回武庫之荘哲学カフェは終了しました。10名の方にご参加いただきました。
改めて当日の様子はご報告いたします。ご参加いただいた方々、ありがとうございました。
  1. 2013/03/17(日) 21:33:01|
  2. あまがさき哲学カフェの予定、案内
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