以心伝心心~あまがさき哲学カフェ~

哲学カフェに行ってみませんか。 お茶を飲みながら他の人の話を聞いてみる。結論は求めません。カフェで賑やかに話せればいいですね。

131222第十二回むこのそう哲学カフェ開催報告+お知らせ

第十二回むこのそう哲学カフェ 開催報告

日時:2013(H25)年12月15日(日)14:00-16:00
場所:カフェ・トレピエ
参加者数:10名(男7名、女3名)
年代 20代:2名30代:1名 40代:2名 60代:5名  哲学カフェ初参加者1名

テーマ「考えないとはどういうことか?~シリーズ考えるを考える3回目」

すっかり冬模様となりました。今回で12回目、1周年を迎えました。ご参加いただいた方々とご協力いただいた方々に御礼申し上げます。
今年の締めくくりとして皆さんと考え続けてきたテーマ、「考えるを考える」の3回目を行いました。考えることを「考えない」と言う視点から考えてみると、どんなことが見えるのかサブテーマを設けて行いました。

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◆考えない、と言う状態
・考えないとは、いわゆる思考停止の状態のことでしょう。 
・考えようとして考えられないということも含まれています。
・上司から指示されたことに対応しているとき、処理作業に必要なことは考えますが、事柄の内容の妥当性などは考えないです。
・座禅、瞑想では考えないことを目標にしています。もっとも30秒もすると雑念が浮かんでくるので、呼吸を見ると言いますが、自分の呼吸を意識するとか足の裏の感覚に集中するなどによって雑念を払う努力をします。そうしないと何か考えてしまいます。
・Aを考えているときはBを考えていません。
・雑念が次々浮かんでくる状態で取り留めなく考えるというのは考えている状態とは言えないのではないでしょうか。
・考えすぎてある線を越えてしまい「さとり」を開いたような状態は、考えていないのではないでしょうか。逆に雑念だけが浮かんでくるという、考えていない状態もあってその幅の範囲内が考えている状態ではないでしょうか。
・考えないようにしている、と言う状態は考えていないでしょう。
・以前に結論を得た答えを維持しているだけの状態で、考えた過程はすでに忘れかけている?のは、考えていないかもしれません。
・「下手な考え休むに似たり」と言うので下手な考えをしているときは考えていないでしょう。
・考えすぎてでもちっとも前へ進まず堂々巡りをしていることがありますが、この場合も結局考えていないのではないでしょうか。
・当たり前になってしまって考える暇もなく行動する。それは悪いことでないです。

◆意識と考え
・寝ている時、意識を失っているときは、考えていないでしょう。でも寝ているときに整理できることもあります。
・意識に上ってこないことでも考えていることはあると思います。
・逆に、表では考えているように見えるが、意識の下では考えていないこともあると思います。
・夢を見ているとき夢の中で考えていたり判断していたりします。その考えの論理は夢の中ではとおっているが覚めてみるととても奇妙なのです。しかしこれも夢の中でも結構考えていると思います。
・夢を見ていることが分かる場合がある。これは考えていると思います。
・意識的に考えない、考えようとしないということもあります。

◆考えないことの善さ?
・座禅や瞑想によって感じることに集中し一旦考えることを中断させると、そのあとにはよりよく考えられるようになります。
・考えるべき課題がない状態、問題がない状態は悪いことではないでしょう。
・感情に浸っている時、感慨に耽っているときは考えていないです。
・パチンコしているときや車の運転などは自動化していると言ってもよいでしょう。考えていたらピアノも弾けないので「反応するような」状態も考えていませんね。

◆考えられない
・考えることは意識の細胞化が起こるように思います。
・考えることによって知ってどうするのか?とも思います
・知識を蓄えることは考えてはいないでしょう。
・論理的に考える手法、パターンに気付くことも能力がいります。これも考えることの一部でしょう。
・考えるパターンをなぞることは、既存のものを使いまわす⇒引き出しを使いまわすようなこととなりますが、これは考えていないのではないでしょうか。
・考えるということには考えていないわけではないがその度合いが少ない、という状態もあり得ます。初めて出会う問題か、以前に考えたのか、これによって重み、深さが違うと思います。
・予想外なことやありえないことに出会った場合、考えられない状態となります。
・考えている/いないは個人の差もあるが、外から見ただけではわかりません。人によって考えている状態が違うこともあります。
・考えることができないとは、1)ヒントがない、見えない 2)素材がない ときでしょう。
・前提の少ない方が自由に考えられますが、一方それは単なる妄想?で考えていないと思います。
・当人は考えているが、はたから見るとちゃんと考えてない他人、同じ問題に対して違う考え方をする他人などの存在が、考えないということとつながっているかもしれません。

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考えないことは非常に実現し難いようです。何か他のこと、例えば呼吸とか足の裏に集中しないと考えないわけにはいかないようです。座禅や瞑想が良いとされるのは頭の中の凝り固まった考えを一遍捨てさせる効果があるようです。
考えないためには、それ以外の何かをする必要があるようです。音楽の演奏や朗読、あらゆるスポーツも座禅や瞑想と同じ効果があるのかもしれません。
考えることと他人の存在についてもう少し考えてみたいと思います。

シリーズ「考えるを考える」は来年も引き続き企画します。少し時間を置いて行う予定です。
来年2014(H26)年は、1月19日(日)第13回むこのそう哲学カフェをカフェ・トレピエで行います。
テーマは「初詣、あなたはなにをしているのですか?」です。
お正月の恒例行事、普段は神社へ行かない人も神社へ行きます。無病息災や病気平癒、家内安全などを祈願するのですが、みなさんは、初詣で何をしてこられましたでしょうか。新春を味わいながら考えてみましょう。

続いて1月26日(日)は、第5回eカフェです。昨年8月から取り組んでいます英語と日本語、ちゃんぽんの哲学カフェです。次回のテーマは「What things do make us curious?」です。好奇心は人間らしい活動の原動力です。探検、探究、冒険、研究、理解など好奇心が私たちを突き動かします。何が私たちに好奇心をもたらすのでしょう。

シネマカフェの日程を調整中です。第2回は「わたしを離さないで」(2010年アメリカ、104分、20世紀フォックス配給)を見て哲学カフェを行う予定です。日程と場所が決まり次第、ブログなどでお知らせします。今のところ2/1(土)の午後で会場を押さえています。

以上
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  1. 2013/12/23(月) 01:19:49|
  2. 2013
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131220第四回eカフェ開催報告

第四回eカフェ テーマ:「Why do people tell lies and white lies?」なぜ人々はウソをつくのか?

日 時:2013(H25)年12月8日(日)14:00-16:00       参加者: 6名(男3名 女3名)
年代:20代:2名 30代:1名 40代:0名 50代:1名 60代:1名  哲学カフェ初参加者2名


◆LiesとWhite Lies はどうちがう?
・罪のないウソ(White lies) とウソ(Lies) の区別は実際、とても難しいです。
・White lieの例として、レストランで飛び切り美味しい料理でなくてもシェフがあいさつに来たら「おいしいです」と言うとか、友達が新しい服を気に入って、どう?と問われたときには、「似合うよ」と言います。それが人を傷つけないことだと思います。
・私なら、レストランのシェフにはまずまずだって言うと思います。友達が似合わない服を着ていたら似合わないと言うと思います。無論、全く知りもしない人には何も言いませんが。
・私も、罪のないウソでも本当のことを言っていないという点では一緒だから、ウソが悪いことならば、white liesは罪がないと言ってもウソは悪いと思います。
・罪のないウソをつくことは、相手の立場に立つためというより、自分ががまんしたり、後回しにしたりすることだと思います。すると、自分で自分にウソをつくことになる。

◆ウソはだれにつく?
・例えば本当は嫌いな仕事でも自分に対して「私はこれが好きなんだ」とウソをつくことがあります。そうすることで自分を変えることができると思います。
・「うそつきは泥棒の始まり」といいますが、結婚詐欺やオレオレ詐欺などの詐欺は犯罪です。
・積極的にウソをつく詐欺でなくても重大な事実をだまっていることはウソをつくことになると思います。
・ウソをつくのを止めたら楽になった。なぜなら、ウソをつくのは相手の立場に立つことではあるが、自分が我慢しなくてはならないから。それをやめると、楽になった。
・ウソをついている自分が本当の自分ではないと、なぜ分かるのでしょうか。
・White Liesは相手が気持ちよく感じられるという効果があります。それは気楽な状況を作り出し良いことだと思います。
・ウソは自分を守るためにつくと思います。言い訳や言い逃れ、ごまかしなどは自分を守ろうとしていると思います。
・子供は恐れを知りません。だから自分を守るということに無関心でいられる間はウソをつくことがないと思います。

◆言葉によらないウソ?
・ウソは言葉があるからつけるのでしょう。だから動物はウソをつきません。
・言葉によらないウソもあると思います。例えば化粧をしたり、整形手術を受けるたりすることは言葉ではありませんが、ウソだと思います。

◆ウソをつく理由
・ウソをつく理由は自分や自分に近い人を守るためだけではないと思います。ウソを使って他人を攻撃することもあります。
・ついてはいけないウソは、他人を貶めたり、犯罪のために詐欺を働くようなウソです。詐欺のようなうそであっても、ウソをついている人は「他の人を傷つけないため」だと思っていることがあるようです。
・ウソだけを取り出して話し合うのは難しいです。

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どうも日本人のほうがウソに対して厳しく見ているようでした。相手のことを思うよりも、ウソをつくことの方が重く受け止められているようです。今回は英語の話者が1名だったことも影響しているのかもしれません。英国人は、積極的にWhite liesを使って円滑なコミュニケーションを取るべきである、と考えているようで、日本人のそれは止むを得ない処世術である、という考え方と異なっているようでした。

ウソの話をしながら、「本当、true」とは何かを考えてみたいと思いました。

さて、次回は年が明けて平成26年1月26日(日)に行います。
テーマは「What things do make us curious?」です。何が私たちの興味を掻き立てるのでしょうか?
宇宙ですか?歴史でしょうか?人間でしょうか?音楽や技芸などを含め探検や探究という活動の原動力は好奇心でしょう。何に興味を抱きますか、なぜ興味を掻き立てられるのでしょう。
新春の一日、英語と日本語で考えてみましょう。
  1. 2013/12/20(金) 23:50:52|
  2. 2013
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131208第4回eカフェ、終了しました。

第4回eカフェ、終了しました。6名の方にお集まりいただきました。
テーマは Why do people tell lies and white lies? でした。


うそをつく理由はいろいろあるようです。終わってみると、どうやら人間は<うそを駆使>しているような気がします。そして放っておくとマズいので<うそをついてはいけない!>と、ブレーキをかけているのかしら、などと感じています。

ご参加いただきました皆さま、ありがとうございました。詳細は追ってレポートします。
1月のeカフェは、1月26日(日)の予定です。

なお、12月15日(日)は本年最終の「むこのそう哲学カフェ」第12回です。テーマは「考えないとはどういうことか? ~シリーズ 考えるを考える 3回目~」です。
14:00-16:00 尼崎市女性センター「トレピエ」1階にあるカフェ・トレピエにて行います。

ご参加お待ちしております。
  1. 2013/12/08(日) 19:41:02|
  2. 2013
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